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折り込みチラシ [短編]

 「バトラーさん」

 「どうしました?」


 私に話しかけてきたのは去年から入ってきた新人のメイドでした。

 
 「今日の分の新聞とチラシです」

 「ああ、ありがとう。早速旦那様にお届けしましょう」

 そういって私はチラシを全て捨て、新聞だけを持って机から立ち上がりました。

 するとそのメイドは怪訝な顔をして訪ねてきました。
 
 
 「え、チラシは・・・お見せしなくていいんですか?」

 「ああ、あなたは来て日が浅かったのですね。
 いいですか。旦那様には、決してチラシはお見せしてはいけないのですよ。」

 「・・・?」

 

 あれは去年の夏のことでございました。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 「バトラー、バトラー!」
 
 やや興奮した旦那様の声が聞こえてまいりました。
 呼び鈴を鳴らすのも失念なさるとは、一体何が・・・?
 
 「お呼びでしょうか、旦那様?」

 「バトラー、この折り込みチラシなのだがな・・・」

 旦那様が取り出したのは、今朝投函された新聞の折り込みチラシでございました。
 はて、不要なものは選別してお渡ししたはずでしたが・・・。
 大体旦那様はチラシなど必要ないはずですし。

 
 「何か、不都合でもございましたか?」

 「いや、この男物下着の宣伝文句なのだがな、
 『ナツだから、いつでも下着は勝負パンツ!』とあるのだが、
 『勝負パンツ』というのは、勝負するときに履く下着のことなのか?」

 しごく当然のことです。
 
 
 「左様でございましょう。」

 「では一体『ナツ』にする『勝負』とは何なのだ・・・?』
 
 
 
 旦那様は非常に好奇心旺盛な方です。
 そして自分の知らないことがあるとすぐにでもお調べになるほど勤勉な方でもいらっしゃいます。
 早速辞書でお調べになったようですが、残念ながら納得なさるお答えはなかったようでございます。
 というより、辞書では単語はのっていても、慣用句の類はいささか不十分かと思われます。

 
 しかし、確かにこの『勝負』とは不思議でございますね。
 私の通った執事学校では教えてくれませんでした。
 いったいこのボクサーパンツのどこが『勝負』なのでしょうか?



 「旦那様、やはり『ボクサーパンツ』ですから、
 ボクシングをたしなむ方が使われるのではないでしょうか?」

 「しかしな、ボクシングは夏にやるものなのか?」
 

 無学な私はボクシングのシーズンなど存じ上げませんが・・・。
 確かに、旦那様のおっしゃることももっともでございます。
 

 「つまりだ。きっと夏にやるスポーツで使うのではないか?」

 「左様でございますね。」

 
 「しかもそれはチラシに折り込まれるのだから、大衆的なものなのだろう。
 大衆に浸透していないと、折り込んだ効果も半減だからな。」
 
 『半減』どころではないかと思われますが、そのあたりの計算は旦那様方程式です。
 私の凡庸な頭では、残念ながら理解してさしあげることは困難です。
 

 私は何を申しあげたものやら、無言でたっておりました。
 旦那様はしばらく考えていたご様子でしたが、突然なにかひらめかれたようです。
 いきなりお座りになられていた椅子から勢いよく お立ち上がりになりました。


 「そうだ、きっと水泳だ!

 
             ぽく ぽく ぽく ちーん。
 
 
 不覚にも、突然の旦那様のひらめきに、私は返す言葉もございませんでした。
 明かにおかしいと思われますが、適切な返事ができません。
 ベテラン執事としてのプライドが、ようやく言葉を絞り出させました。
 
 
 「水、泳、でございますか・・・?」

 「そうだ、きっと最近の若者たちはこれで泳ぐのだ、そうだろう?」


 『そうだろう?』とおっしゃいましても・・・。
 私も最近の若者のスポーツファッションなどチェックしておりません。
 しかし、よほどのことがない限り下着で泳ぐ若者はいないでしょう。
 答えに迷っていると、旦那様は嬉々としたご様子で・・・




 「ほら、なんと言ったか・・・。スク水燃え?
 最近流行っているらしいではないか。何か、北の方で。
 うん、きっと『ファイヤー!』とかやるんだな!最近の若者はパワフルだ。」


 旦那様、それは“萌え”の間違いですっ!
 私はどうにかして旦那様の間違いを正してさしあげなければなりません。
 執事学校で習った全ての知識を総動員して対処法を模索していると・・・。
 
 
 

 「よし、ちょうどいい、明日のプールにはこれを着ていくことにしよう!」



 とんでもない爆弾発言が聞こえてまいりました。
 明日のプール・・・。
 それは、まさかご友人方(社交界の花形)との歓談会のコトでございますかっ?!
 いけません、それだけはいけません!
 旦那様の恥は当家の恥、ひいては私の恥でございます。
 お諫めしようとした私の声は、嬉々とした旦那様の呼び声にかきけされました。
 
 
 「だ、旦那様、それはいかがなものかと・・・」

 「早速買いに行くぞ!ショーファー!車を出せ!」

 「旦那様ーっ!!」




 

 結局その翌日、お買いになった下着でプールに行かれたかどうかは私も存じ上げません。
 その日はあまりにも恐ろしかったので、部屋でずっと銀器を磨いていたのです。
 私はこっそり、夕食を旦那様の好物にするよう手配しておきました。
 万全の対策、防げなかった事態への、せめてもの補填でございましょうか。



 お帰りになられた旦那様は、何もおっしゃらず部屋にお戻りになって・・・。
 ご夕食の時間まで出てこられませんでした・・・。


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